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廣瀬Dr

最初に研修医に送る言葉

最初に研修医に送る言葉

脳外科へローテートしてきた研修医に、最初にかける言葉があります。

「僕はアンブロアーズ・パレの言葉が好きなんだ。”私が処置をし、神がこれを治したもうた“っていう言葉。この言葉の意味、わかるかな?」

大抵の研修医はキョトンとします。日本の医学教育では、医学史についてほとんど教えないからです。
16世紀、身分の低い床屋医者からフランス王の侍医までのぼりつめ、血管結紮法の開発などから「近代外科の祖」とも称される彼ですが、残念ながら日本の若い外科志望の研修医まで、彼の声望は届いていないようです。

僕:「まぁ、知らないのはいいよ。言葉の意味がわかるかな?」
研修医:「わかりません」
僕:「…そうか。例えば僕が患者さんの傷を縫ったとするよね。その瞬間、その傷は治ったといえるだろうか?」
研修医:「…いえませんね」
僕:「そうなんだ。僕は縫合しただけだ。傷が美しく治るように、きちんと合わせて、治る筋道をつけただけなんだね。本当に傷が治るのは、患者さんの自然治癒力のおかげなんだよ」
研修医:「そうですね!」
僕:「ところが、世の中には”俺が治した!“みたいな顔をする外科医も多い。本当に治しているのは、患者さん自身の体なのにね。僕はこれから医者になっていく先生に、パレのような謙虚さを忘れないで欲しいんだ」
研修医:「はい!」

僕が研修医の頃に教わった傷の縫い方と、最新の縫い方は大きく変わっています。しかし外科というのは案外保守的なところで、先輩に教わった縫い方を一生変えない先生も多い。

やはり一番傷に気を遣うのは形成外科の先生です。

脳外科救急はデリケートな顔面外傷を扱う機会も多いので、僕も形成外科の教科書を読みながら知識をアップデートしています。そして縫った後は、「紹介状を書きますので、明日(大抵夜に来る方が多いので)、形成外科にかかってくださいね」と、紹介状を持って帰宅していただいています。

もしかしたら、形成外科の先生にダメ出しされて、「縫い直しました」と返事が来ないかと戦々恐々なのですが、いつも「綺麗に縫っていただいておりますので、このまま診てまいります」とお返事いただいています。

実は数年前。まだこの病院に来る前の話ですが、特殊なお薬を飲んでおられたため、帰宅した後、皮膚の下で出血が起こり、翌日形成外科で縫い直しになった方が見えました。僕が縫い終えた後には完璧と思っていたので痛い経験ですし、患者さんにも申し訳ないことですが、その後形成外科の先生により完璧に治ったとのこと。反省しながらも、患者さんをご紹介申し上げてよかったと思ったものです。

それ以後、縫い直しになった症例は一例もありません。

傷が綺麗に治らないことを、「体質だよ」と切り捨てる外科医もいます。もちろんそれもありますが、外科医の知識不足、技術不足。率直に言えば”謙虚さ“が欠けていることが原因のこともあります。

だから僕は謙虚さを忘れたくないし、研修医にもその気持ちを持ってほしいのです。

そろそろ新しい研修医がローテーションしてくる頃です。
また、言わなければなりませんね。

「僕はアンブロアーズ・パレの言葉が好きなんだ。”私が処置をし、神がこれを治したもうた“っていう言葉。この言葉の意味、わかるかな?」

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出典:Wikipedia

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