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ピックアップ Pickup / Column

楠山Dr

心静かに・・

おはようございます。
今は329日午前950分です。
暖かくなりましたね。
今日は窓を全部開けて空気の入れ換えをしています。
聞こえる音は洗濯機の音と鳥のさえずりです。
なんと素晴らしい日曜日の朝でしょうか。

先日の連休で京都に行ってきました。
今回は学会とかではなく個人的な小旅行です。
京都がお好きな方もおいでかと思います。
私のとある患者さんは80歳ぐらいでおいでですが、京都まで自家用車で運転して行かれるとのこと。
1時間30分から2時間で着きますよ」と朗らかにお話されていました。
姫路京都間って山陽・名神使って2時間で着きますかね?
まさか Keep Right (法令上は Keep Left が正しいです。深夜の湾岸線で堺の実家に帰るためにボケーっと走っていたら捕まった経験があります(>_<)) でぶち抜かれているのでしょうか?

私は平和に新快速でお出かけです。
夜、みんなで食事をして翌日はホテルでゆっくり朝食を・・・が私のパターンですが、今回は朝730分にホテルを出発する、という荒技に出ました。
ディズニー、USJ であれば皆さんも納得いただけるかと思いますが、京都でテーマパークはないやろ!とお考えかと思います。
実は朝一番に行きたいところがあったのです。

龍安寺です。
方丈庭園は有名なんですが、皆さん御存知でしょうか?
私も写真では見たことがあり、あのシンプルな美しさに永きにわたり惹かれていたのですが行くことができていませんでした。
どうしても写真を見たときから行きたかったんです。

そこは静かな環境で伺わないと意味がありません。
沢山の方が来る前に座ってお庭の中にある何かを感じたかったんです。
ホテルを740分に出発して8時前にお寺に着きました。
既に海外の観光客の皆さんが一団体おいででした。
言葉を聞くとおそらくイタリア系でしょうか。
流石、綺麗な教会があるイタリア、禅を分かっていらっしゃる・・と勝手な感想を思いながら山門を通ります。
綺麗な池を見ながら朝の京都の空気を感じて歩くと石庭の場所に着きます。

とても美しい。一言に尽きます。
他の方もなんか石庭の魅力・迫力を感じていらっしゃるのでしょうか。
凛とした空気が流れます。
写真を撮ってみました。
美しい、でも全体像が入らない。

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動画で取ってみました。
確かに全体は分かるのですが、全てが表現されていない。

結局、その場に行かないと本当の魅力は表現することができないということでしょう。

実はこの石庭は幅 25m、奥行き 10m だそうです。
でも縁側に座って静かに何も考えず静かにしていますとそれ以上の広さを感じるのです。
不思議ですね。
私は煩悩が沢山の人間ですので、一つ一つの石の意味を感じることはできませんでしたが、悩んでいることなど心が洗われるような気がしました。

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いつも申していますように一応、医者という科学者の端くれですので習性として何が美しいのだろう・・と考察しはじめます。
無駄なものがない。極めてシンプル。
これだけで全てが完結しているように感じました。

多彩な綺麗な色が上手に使われている絵画、ヨーロピアンスタイルのホテル、トランプ大統領の考えるホワイトハウス(好みの問題ですので政治的意見ではありません。あしからず)、チャイコフスキーのシンフォニー(特に4) 等の煌びやかな美しさもありますが、対極には水墨画や禅、お寺、バッハの平均律(特に最初!大好き) には凛とした美しさと強さがありますよね。
海外の古く綺麗な教会はどちらの性質も持っているようにも見えますが・・。

実はネクラな私ですので、後者の方が好きなのかもしれません。
好きというよりは憧れかな。
で、縁側に座って朝の石庭と意思疎通しているときに、ふと思ったんです。
これ、私が手術で目指している本質なのかしら、と。

カテーテルの学会に行くと私より上手だな、と思う方は沢山います。
発表を見ていても凄いな~、とも思いますし、「華」があります。
私のカテーテル、華はないけど、安全でできるだけシンプルに、でも必要な時は断固たる対応を!と考えています。

「華」がないのが少しコンプレックスでもあるのですが、もしかしたらドンドン無駄なものをそぎ落として、今自分の目の前に広がっている龍安寺の石庭のようなカテができるようになったら良いのかな、と思えたのです。
そう思って振り返ると、これまでの私の経験で「素敵だな」と思ったカテーテルの術者の先生も簡単そうにされていますが、複雑なことを何事もなかったように済ませていらっしゃいました。
しかも急いでいるような感じは全くないのに時間も早いのです。

単位時間当たりの手技量が多いということは基礎がしっかりされているということです。
カテーテルって早くしないといけない部分とゆっくりしないといけない部分があります。
その部分が適切に区別できていると早いんです。
メリハリがあるってことですね。
極々短時間ではありますが、そんなことを心の中で見つめ直すことができたようです。
やっぱり来て良かった。
この石庭を創られた方は不明とのことですが、ありがとうございましたと御礼を言って席を立ちました。
ホントはもっといたかったのですが、後の人もいるので・・。

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石庭から振り返ると迫力のある襖絵、建物を回っていると、裏には蹲 (つくばい) がありました。
蹲には「吾唯足知」(真ん中が全ての字の「口」になって意味を為しています!)

「吾れ唯足ることを知る」

有名な言葉ですが、石庭を「感じた」後、コレを見せられると心に響きます、いや刺さります。
足ることを知らないと苦しいですよね。
私も人間ですから欲もあります。
カテーテルでも「足ることを知る」こと、大切です。

もしかして龍安寺、心臓カテーテルの研修所として建てられたんじゃないだろうか?と疑念を感じながら出てきました。
もし龍安寺でカテーテルの研修あるんだったら絶対参加したいですね。

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で、そんな心を綺麗にしてもらいながら少し歩くと金閣寺があるんですね~。すっごい人!
でもこれはこれで綺麗であるな・・、とさっき感じていた事と正反対やん!と自分でツッコミ入れてしまいました。

「美しさと人間とカテ」に関して考えさせられた京都旅行でした。
引き続きカテ道を求道し続けないといけないですね。
皆さん、良い週末を!

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