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大動脈弁狭窄症

TAVI・大動脈弁狭窄症について

低侵襲治療外来について

この治療はTAVR(transcatheter aortic valve replacement, 経カテーテル大動脈弁置換)という呼ばれ方もすることがあるのですが、同じ意味です。カテーテルで弁膜症を治療する時は、ご自身の弁を取り去るわけではなく新たな人工弁の外側に追いやる形の治療となるため、置換(replacement)よりは、留置(implantation)という方が、この治療の適した表し方なのかもしれません。外科的な大動脈弁治療はSAVR(surgical aortic valve replacement)と呼ばれます。カテーテル治療であるTAVIと外科的治療であるSAVRそれぞれをはっきり区別させる意味もあってか、現状ではTAVIという呼ばれ方が一般的です。
心臓の弁の病気の指針(ガイドライン)は日本だけでなく世界各地にありますが、2020年本邦とアメリカ(ACC/AHA)、2021年ヨーロッパ圏(ESC)のガイドラインはいずれもTAVIという記載になっています。

引用: Izumi C, et al. JCS/JATS/JSVS/JSCS 2020 Guideline on the Management of Valvular Heart Disease. 日本循環器学会ガイドライン 2020 Vahanian, A et al. 2021 ESC/EACTS Guidelines for the management of valvular heart disease. European Heart Journal 2022;43:561–632.
Otto, C et al. 2020 ACC/AHA Guideline for the Management of Patients With Valvular Heart Disease. J Am Coll Cardiol 2021;77:e25–e197.

大動脈弁の構造と症状

大動脈弁は心臓の出口にあたる弁で、図の円の中にある弁尖と呼ばれる3つの羽からできている扉(一方弁)になります。強い圧力の変化を調整している扉となり、心臓を形作っている中でも重要部分ですが、その分変性を起こしやすい特徴があります。

弁が変性すると、血液の通り道が細くなります。正常の大動脈弁は、心臓から血液が吐き出されるとき1円玉くらい(3cm²)くらいの面積があるといわれていますが、パチンコ玉くらい(1cm²)の大きさになると重度の大動脈弁狭窄症と診断を受けます。鉛筆程度の太さ(0.6cm²)になると『超』重症と呼ばれる領域となります。

大動脈弁が狭くなると、心臓が普段通り働いていたのでは、十分な血液の量が全身を巡ることができなくなるため『頑張る』必要が出てきます。1日に約10万回縮んで広がって血液を吐き出している心臓ですので、10万回『頑張る』事をして血液を吐き出すようになります。
心臓が頑張ると筋トレと同様に、心臓の筋肉がモリモリと肥大し、おかげで心臓から出てくる血液の量は維持されるようになります(代償)。この肥大、長い目でみると悪い事が多くなり、必要以上の肥大が起きると柔軟性がなくなり、筋肉によって心臓のお部屋の中が狭くなってしまいます。
結果心臓が膨らみにくくなり心臓の中にため込めることのできる血液の量が減っていくようになります。ため込むことができない分全身への血液を吐き出せなくなるので、ちょっとしたことで息切れがみられるようになります。
また、脳みそへの血液の巡りが悪くなれば気を失いますし(失神)、心臓の周りを囲っている血管の血液の巡りが悪くなれば胸の痛みがみられます(狭心症)。ため込めなくなった血液が、心臓と直結している肺に溢れかえり渋滞すると、普段乾いている臓器である肺が水浸しになり酸素の取り込み・二酸化炭素の吐き出しが難しくなり、ひどい呼吸困難(心不全)を起こします。
この一連の流れは、ちょうどホースの先をつぶした時のような現象で置きかえることができます。狭くなった分ホースの蛇口側に強い力がかかりますので、丈夫なホースを使って蛇口としっかりつなげるという補強が必要です。
この補強が心肥大ですが、心臓は底なしに補強ができるわけではなく、ホースが外れ蛇口のあたりが水浸しになることが心不全(非代償性心不全・うっ血性心不全などと呼ばれる状態)です。

治療を受けない場合、どういう生活が予想されるでしょうか

まず極端な例となりますが、『高齢である』『状態が悪い』などが理由で外科的手術が受けられない重度の大動脈弁狭窄症の患者さんは、1年後に半数が亡くなるといわれています。『状態が悪い』だけに、心臓病に関係のない状態で亡くなることもありますが、多くは心臓病に関わった状態で亡くなります。そういった方が5年後に生き残る可能性は1割程度で、これは進行したがんと同様と考えられる非常に見通し(予後)の悪い病気です。また昔ながらの、とても有名な報告があります。先の症状の欄に出てきたキーワードから、大動脈弁狭窄症患者さんの残りの命が予測されます。

引用: Leon MB, et al. N Engl J Med 2010;363:1597-1607. Kapadia SR, et al.
Lancet 2015;385:2485-2491. 国立がん研究センター
5年生存率公表; website, https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2019/0808_1/index.html

カテーテル治療のなかった時代、この病気の患者さんは病気によって高い確率で亡くなるか、手術を受けるか(もしくは危険度が高すぎて手術が受けられないか…)といった状態で過ごされていました。

治療の方法

大動脈弁狭窄症が重度に至っていない場合は飲み薬の治療が中心となりますが、大動脈弁狭窄症の悪化を止めることのできる薬は(2020年台前半時点で)明らかとなっていませんので、症状を和らげる治療が中心となります。飲み薬は根本的な解決に至ることができないようです。大動脈弁狭窄症が重度となり、症状がみられるようになったら根本治療を検討します。根本治療の方法として外科的治療(SAVR)とカテーテル治療(TAVI)があげられます。

外科的治療は胸を開き、人工心肺で心臓や肺の機能を機械任せにしながら心臓を止めて行う治療になります。体の状態によっては小さな傷で治療可能なMICS (minimally invasive cardiac surgery, 低侵襲心臓手術)と呼ばれる手術が検討されます。
TAVIは多くが足の付け根の太い血管(動脈)から小さく折りたたんだ人工弁(生体弁)をカテーテルにのせ大動脈を経て心臓まで運び、適切な部分でカテーテルにのった人工弁を広げる治療になります。予定された治療範囲であれば人工心肺は必要ありません。足の付け根の太い血管から大動脈の間に、カテーテルを持ち込めないような事情をお持ちの方(強い曲がり、大動脈の変性が強いなど)には足の付け根でなく心臓の先端など、別の部分からカテーテルを挿入するという方法での治療を提案します。

上図は足の付け根の血管から行う治療の動画です。多くの方はこの方法での治療となります。

カテーテル治療の利点・欠点

TAVIは2010年台初頭に、前述の『高齢』『状態が悪い』などで手術が受けられないような方向けの治療として始まりました。そういった方の心臓病が原因となる死亡(治療から1年)を半分以下に減らしたという画期的な治療ですが、治療後の安定した成績のある外科的治療に比べ『姑息的な(間に合わせ的な)』側面があるのではないかと考えられていました。
そのためTAVIは2010年台中ごろに、外科的手術(SAVR)との比較がされるようになりました。手術危険度が中くらいから高い患者さんをTAVIと外科的治療で比べると、治療から1~2年後どちらでも同じような経過となることが判明し、姑息的ではない治療と判断されるようになりました。
これらの比較の中で、特に足の付け根の血管から行うTAVIだけみれば、胸を開く手術より治療成績がよい可能性が挙がりました。 そして2019年には、平均70歳台前半を対象として、外科的な手術の危険性も低く、十分外科的手術が受けられるような患者さんに対して、脚の付け根の血管から行うTAVIと外科的手術を比較した報告が挙がりました。
治療から1年間でよくない事件(亡くなる方・脳梗塞になる方・心不全など再入院となる方)の率を比べたところ、なんとTAVIの方が成績がよかったという報告となりました。(よくない事件の率 TAVI 8.5% vs SAVR 15.1%)
この結果はアメリカの大きな国際学会で発表されたのですが、心臓の世界の著名人であるBraunwaldという先生(先の症状と余命の発表にも関わっていらっしゃる)が座長(複数の発表を取り仕切る役)をされており、この発表をThis is a historic moment. 歴史的な瞬間と表現されたそうです。
それだけ印象の強い治療となりました。

引用: Leon MB, et al. N Engl J Med 2010;363:1597-1607.
Smith CR, et al. N Engl J Med 2011;364:2187-2198.
Leon MB, et al. N Engl J Med 2016;374:1609-1620.
Mack MJ, et al. N Engl J Med 2019;380:1695-1705.

カテーテル治療の大きな欠点は、歴史の浅い治療であり、どれだけ弁の機能が保持されるかが不明な点になります。
カテーテルは折りたたんで心臓まで運んでいくという都合上、生体弁と呼ばれるウシの心臓の部品などを加工した弁しか選べません。外科的治療の生体弁は、古典的には『10年』が性能保持の期間と言われていましたが、手術治療の技術進歩・弁の性能向上なども手伝ってか10年経過しても8-9割の方は問題ない状態を維持できています。
TAVIについては、10年未満の単位では外科的な生体弁と比べても同等かそれ以上かといった性能保持状態であることがわかっています。10年以上については、2020年台半ばにはっきりしてくると考えられます。

引用: Rodriguez-Gabella T, et al. J Am Coll Cardiol 2017;70:1013-1028.
Søndergaard L, et al. J Am Coll Cardiol 2019;73:546-553.
Blackman DJ, et al. J Am Coll Cardiol 2019;73:537-545.

カテーテル治療最中に考えられる合併症

以下はTAVI の合併症(TAVI のリスク)になります。『命を延ばす』『生活の質をよくする』など目的があって行う治療ですが、残念ながら危険は0%にできないのが実情で、この治療を受けるにあたって乗り越えなければいけない合併症(リスク)の率になります。詳しくお伝えします。

血管や心臓の中に比較的太いカテーテルを入れて行う治療であり、治療の必要な出血が1割強(14%)の方にみられます。大きな血管の損傷(大動脈や足の血管が部分的に裂けてしまうなど)は5.5%の方に見られるとされています。
血圧の変動が大きく、造影剤を使用する治療であることから急性腎障害とよばれる多くは一時的な腎機能の低下が1割程度(9.3%)の方にみられます。
心臓は電線で連携して動いていますが、その電線に近いところに人工弁を入れるため電線が傷んでしまうことがあります。脈がゆっくりな状態が続く場合にペースメーカー治療が必要になり、1割弱(8.5%)の方に見られます。

以下は比較的起きにくい合併症ですが、起きた時は緊急に胸を開ける手術が必要となるなど、大きな対応が必要になります。 変性した大動脈弁や大動脈の中を大きな管が通っていくため遠いところに影響を及ぼすことがあり、後遺症を残す脳梗塞を起こすことがあります(1.7%)。治療器具が複数心臓に出入りするため、意図せず心臓に小さな穴が開き、心臓の周りに血圧を低下させるほどの出血を起こすことがあります(1.6%)。患者さん自身の弁を押さえつけ人工弁を留置するという様式の治療ですので、もとの弁があった部分やその周囲が裂けてしまう(1.0%)事や、弁が心臓の周りの血管をふさいで心筋梗塞を起こす(0.8%)事などが起きます。そういった経緯で胸を開く手術を余儀なくされることが1.2%の方に起きるとされます。
カテーテル治療を受ける多くの方はご高齢であり、心臓を原因とする場合も、そうでない病気が表面化することもありますが、治療後1か月までに亡くなってしまう方は1.7%と報告されています。外科手術に比べると歴史が浅い治療の側面もありますので、その他予期しない合併症が見られる可能性があります。

引用: Yamamoto M, et al. Cardiovasc Revasc Med 2019;10:843-851.
【文責 萩倉新】

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