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網膜前膜について

はじめに

< 網膜前膜(黄斑上膜)について >
[前眼部OCTによる涙液量計測]

眼の底にある光を感じる機能を持つ網膜の上に、通常は加齢とともに自然に剥がれるうすい膜(残存硝子体皮質)が、そのまま部分的に残る場合があります。
残ったうすい膜が時間の経過とともに収縮を始めます。その際、うすい膜が付着している大事な網膜にゆがみを起こします。

年齢を経るにしたがって、均質なゼリー(硝子体)が液体と繊維成分に分離(硝子体の液化)を始め、最終的には、膜成分(繊維成分)は網膜から分離する。そして中心より前方に収縮して集まる変化が起きる。これを(後部硝子体剥離)と呼ぶ。この変化は病的なものではなく、健康な人に起きる変化である。

症状は?

うすい膜が光を感じる網膜に付着したまま収縮するために、網膜にゆがみが生じます。その結果、物がゆがんで見えたり、色が薄く見えるたりする症状(変視症)が生じます。新聞などが読みにくくなったり、人の顔が見にくくなります。白内障の手術後にも視力の回復がおもわしくない時に、この病気が合併している可能性があります。

治療・当科では

症状が強く、視力障害の原因が網膜前膜であることがはっきりしている場合、自然回復や薬物治療の存在しないこの疾患は、手術治療の良い適応であると考えています。放置して視力が0.4程度を下回ってしまうと、手術治療が成功しても視力回復が弱いことがあります。
現在当科では25Gシステムという手術法を導入しております。画期的に手術時間が短縮されたこの最新の手術方法が最も適している病気が網膜前膜です。
問題が起きなければ、術後翌日に退院が可能です。

網膜前膜について

田淵 最近全国的に手術症例数が増加している硝子体手術の対象疾患の中で、 最も多い疾患が網膜前膜だと思いますが、どんな疾患なのでしょうか。
長澤 簡単に言うと、網膜の一部分にあたる黄斑部に膜がはってくる病気です。
病気といっても軽度の病態を含めると20~30人に1人程度の頻度でみられます。
田淵 なるほど、網膜の一番大事なところ、長澤先生が患者さんに説明する時に、 「急所」という単語を良く言っているのを隣の診察室からよく聞いていますが、 「黄斑部」に変化が起きる疾患なわけですね。
長澤 網膜は球面になっているのですが、この黄斑部というわずかな場所でほぼ物をみていますから患者さんには「急所」と説明しています。黄斑部には網膜前膜のほかにも様々な病気で変化が起こってきます。治療方法や予後がまったく異なりますので、診断を間違わないように注意しています。
田淵 患者さんの症状としては、どんなものがあるのでしょうか。
長澤 物が歪んでみえて、病状が進行すると視力が低下します。ただ、白内障も合併している方は自覚症状があまりなく検査をして初めて発見される方もいますね。
田淵 視力低下と、歪みというのは違うのでしょうか。
長澤 一般的に視力低下というのは矯正視力(眼鏡をかけての視力)の低下を意味します。矯正視力が1.0よりも低下しているようでしたら視力低下といっていいでしょうが、視力が1.0でも歪みを自覚される方がおられます。ただ、患者さん自身の症状としてはどちらも“視力低下”と言っていいかもしれませんね。

治療法

田淵 この疾患は硝子体手術がまだまだ洗練されていない時代、といっても10年ぐらい前のつい最近の話ですが、割と大げさな病気として扱われていたのですが、今は比較的一般的な病気になった気がしますが。手術自体の患者さんの負担も相当軽くなりましたよね。
硝子体手術についてどんな手術であるかについてという事と合わせて説明してもらえますか。
長澤 硝子体手術は眼球に3か所の穴をあけて器具を出し入れして行います。2002年に海外で傷口が小さくてすむ硝子体手術の機械が開発されました。それ以前には傷口は縫っていたのですが、このいわゆる“極小切開硝子体手術”によって縫う必要のない手術が可能になりました。
日本では2004年前後から急速にこの術式が広まっていったと思います。この術式で合併症が減り、手術時間も短縮され、さらに手術機器も開発されてきました。今の新車と10年前の新車は性能が全く違いますよね。それくらいの性能の違いはあると思いますよ。ツカザキ病院眼科の硝子体術者は全員がほぼ全例でこの極小切開硝子体手術で手術を行っています。

網膜(黄斑)前膜(Epi-Retinal Membrane ERM)の
手術前OCT像

網膜の中心部の上に薄い膜が生じていて、そのため網膜自体がギザギザに変形し膨隆している。左下は網膜の3次元構造を示した3D再構成像であるが、網膜前膜によって網膜が腫れている箇所が赤~白で立体的に表現されている。

網膜(黄斑)前膜(Epi-Retinal Membrane ERM)の
術後OCT像

左記の術前の写真と同一眼。網膜前膜が除去され、網膜のギザギザは多少残存しているものの術前より大幅に網膜構造は改善されている。右下の3D再構成像では、網膜の隆起を表す赤色の変化はほぼ消失し、術前からの顕著な改善がはっきりと図示されている。

田淵 10年ぐらい前だと、視力が下がりすぎてから手術すると視力が戻らないという事が コンセンサスだった気がしますが、現在の手術するかしないかの判断はどのようなものなのでしょうか。
長澤 以前は矯正視力が0.7~0.8よりも低下すれば手術適応と判断する先生が多かったと思います。ただ、最近では矯正視力が0.8以上であっても歪みの症状が強い患者さんには手術適応はあると考えている先生も多いようです。これは先ほどいったように硝子体手術機器の進歩があると思われます。
田淵 自覚検査が比較的重要なわけですね。
ツカザキ病院眼科ではどのような診断装置を用いて手術適応を考えているのでしょうか。
長澤 眼科一般の検査はもちろんですが、網膜断層撮影検査(OCT)の重要性は言うまでもありません。これは眼底カメラの一種ですが、この検査機器により黄斑部の詳細な診断が可能になりました。このほかの検査としてアムスラーチャートや視野検査などを必要に応じて追加しています。
田淵 手術治療の際に、網膜の最上部の薄い膜を黄斑上膜と合わせて同時にめくってしまうかしまわないかについては、日本の臨床研究である程度の結論が出ているようですが、その点について解説して下さい。
長澤 かなり専門的な話になってしまいますが、この網膜前膜のほかに網膜の1部分(内境界膜)を除去するといった術式(ILM peeling)です。
当初は原因となっている膜を除去さえすれば良いと考えられていましたが、再発の症例もなかにはみられました。しかし、ILM peelingをすると再発率が激減したため現在ではこの操作をする先生が多いようです。
ただ、自分自身の正常な組織をとっていいものなのかは不明ですし、緑内障を合併している患者さんのなかには視野障害が進行することがあるとの報告もあります。
ツカザキ病院でも最終的には術者が判断しています。
田淵 なるほど、ILM peelingについては賛否両論と言いますか、まだまだ確定的なじゃない部分もあるわけですねえ。
手術適応になった場合は、具体的にはどのような手順になるのでしょうか。
日帰り手術も可能と言えば可能の手術ですが。
長澤 手術適応があると判断し、患者さんが手術を希望されたら、手術までに検査に来ていただきます。
そこでさらに詳しい検査と手術の説明をさせていただきます。白内障の同時手術が必要な患者さんも多いので白内障手術に必要な検査もします。 ツカザキ病院では基本的には入院手術をおすすめしています。入院期間は1週間前後ではありますが、どうしても諸事情で日帰り手術希望の患者さんには日帰り手術も可能です。
白内障手術も数年前までは入院手術が基本でしたよね。でも、機械の進歩で今では日帰り手術が通常になってきました。硝子体手術も今はそういった過渡期なのかもしれませんね。
田淵

術者と患者さんの相談次第ですが、常識的には入院治療ですかねえ。
例えばアメリカでは眼科手術で入院するのはアラブの大金持ちだけだとか言われている程なんですけど、まあアメリカは医療制度上では世界最悪の国ですからね。

こういう事情的にはどうすんだというややこしい話の場合は、自分の親だったらどうするかで考えるのが、案外と核心を突いていて正解が出る思考方法だと思うんですが、ERMの術後に自分の親が家に帰ってきたらどう思うかですかねえ。どうですか長澤先生。

長澤 普通は入院を勧めますよね。でも患者さんにはいろんな事情がありますので、どうしても日帰り手術希望の方には対応できる体制は整えています。私自身、実父の硝子体手術をツカザキ病院で施行させてもらったのですが、父は入院がどうしても嫌だと言うので日帰り手術をしました。
田淵 長澤先生は高深達OCTという日本が誇る最新の診断機器を用いて網膜構造の臨床研究を行って、すでに一流誌に採用されておられますが、ERMについても興味を持っておられると思います。
やはり手術をどの時点ですべきなのか、ILMの処理をどうするのかという、すでに古典的にすらなったテーマを考えておられるのでしょうか?
長澤 大学病院勤務時代に網膜前膜の手術のデータを調査したことがあるのですが、手術前のデータにはいろんなデータがありますよね。
若い方がいいのか、男性がいいのか、網膜の腫れが少ない方がいいのか?でも、手術後にいい結果が関係しているのは手術前の視力だけでした。。
つまり視力が悪化しすぎない前にした方がいい。この結果がでたので、視力が比較的よくても歪みの強い患者さんには早めに手術をすすめています。。
ILM peelingは基本的にはしますが、緑内障の進行している方にはしていません。現在のOCTでは細胞レベルで観察することはまだ困難ですが、もっと進んだOCTが開発されれば調べてみたいアイデアはあります。今は秘密にしておきますけど。
田淵 ツカザキ病院網膜チームの未来像を教えて下さい。
長澤 「患者さんを治したい!」誰しもそんな思いで医者を志したと思います。ですから私も若い時には「診断ができればいい。手術が上手ければいい。」そう思っていました。
でも実際はなかなか治らない病気もあるし、手術が問題なく終了しても結果に差が出てしまう。これはいつの時代もそうなのかもしれません。
でも、先人の先生方や患者さんの歴史があって今の私たちは網膜断層撮影や極小切開硝子体手術を手に入れることができました。
ツカザキ病院に来院された患者さんを治療するだけでなく、その結果を見直すことで新しい事を発信していきたいですね。これは網膜チームだけでない未来像かもしれませんけど。
田淵 ありがとうございました。
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