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強度近視眼底

強度近視眼底 解説:白神智貴 ツカザキ病院眼科医師

どんな病気?

  • 近視とはどんな病気なのでしょうか?非常に有名な言葉ですが、 正確に理解されている方は相当少ないと思います。説明して頂けますか?

近視とは、近くはよく見えるけれど、めがねやコンタクト無しでは遠くが見えにくい状態です。その原因は、眼の前後の長さが普通の眼球よりも長くなることによります。
カメラに例えると、カメラの前後経が長くなり、レンズからフィルムまでの距離が長くなることによってピントが合わなくなる状態です。そのため、めがねやコンタクトを装用しないとうまくピントが合いません。
また、眼球の長さが長ければ長いほど眼球の壁が薄くなり、目の中に様々なトラブルが発生しやすくなります。このように、病的なトラブルを伴った近視の状態をとくに病的近視と言います。

日本人の統計では、通常の近視は小学生で30~40%、中学生で50~60%、高校生で60~70%程度にみられ、どの年代も近視の割合は年々増加傾向にあります。
めがねの度が-8Dを越える近視の約90%の方に、なんらかの病的な異常が認められると言われています。

症状は?

  • 近視の症状というのは、どういう状態を指すのでしょうか?

眼鏡やコンタクトにより屈折を矯正しなければ、遠くのものが見えにくい状態です。裸眼の状態では手元までものを近づけないとはっきりと見えません。
また、近視に伴う合併症が出てきた場合には物が歪んで見えたり、視野の一部に見えにくい部分があったりといった症状を伴う場合もあります。

原因は?

  • 近視に原因はあるのでしょうか?
    なかなか難しいテーマですが、教えていただけますでしょうか?

近視は大きく分けて遺伝的な原因と、ものを近くで見ながら作業をする時間や、外で遊ぶ時間の長さといった、生活環境による原因がそれぞれ関係しあって生じると考えられています。
また、近視が進行していく過程で眼球を構成している壁は薄くなります。壁の内側には、網膜といわれる光を感じる大切な膜と、それを栄養としている脈絡膜が張り付いており、これが薄く引き延ばされることでさまざまな合併症が生じます。

合併症

  • 近視が進行することにより、なにか不都合、合併症みたいなことが起きるのでしょうか?
  • 網膜剥離:
    網膜が薄くなって穴があき(網膜裂孔)、そこから眼の中の液体が網膜と脈絡膜の間に入り込んで網膜が剥がれてしまった状態です。
  • 近視性牽引黄斑症候群:
    網膜が前方に引き延ばされ、前後に裂けたり(網膜分離症)、横方向に裂けたりすることがあります。前後の裂け目が広がると難治の黄斑円孔網膜剥離となります。
  • 近視性網脈絡膜新生血管:
    病的な血管が生じて、目の奥に水が溜まったり出血したりして、視力障害を起こします。眼球への注射で治療することがあります。
  • 網脈絡膜萎縮:
    脈絡膜が薄くなると網膜に栄養が届かなくなり、網膜が痩せて光を感じにくくなります。

まとめ

  • 最後に皆様に向けて、まとめていただけますでしょうか?

強度近視そのものを治療する方法は残念ながらありません。しかしながら定期的な診察を受けて頂くことで、合併症が重篤になる可能性を軽減できるかもしれません。
強度近視の眼は、元々見えにくいことから、病的な状況が出てきても、自分では気付かないことがあります。強度近視の方は、少なくとも一年に一度の定期診察をお勧めします。

強度近視眼底について

田淵 ツカザキ病院眼科が強度近視眼底専門の外来を立ち上げて、どれくらいになりますか?
白神 2010年4月からツカザキ病院強度近視外来がスタートし、途中から前任の医師より私が引き継ぐ形となりました。
田淵 どのような患者さんを対象にして近視眼底の専門治療を行っているのでしょうか?
白神 近視の中でもめがねの度数が-6D(ディオプター)を超えたり、目の前後の長さが26mmを超えたりする眼のことを強度近視といいます。 強度近視の方は通常よりも様々なトラブルが生じやすくなっています。
具体的に言うと、近視性脈絡膜新生血管や網膜分離症、黄斑円孔網膜剥離など、近視の中でも‘みる’ために最も重要な‘黄斑部’に生じるトラブルが起こりやすいです。
これらに対し、十分に経過を見ながら、必要に応じて手術的な治療や注射による専門的な治療を行っています。
また、強度近視の患者さんは、緑内障や網膜剥離を合併しやすく、白内障手術をする際も少し注意が必要ですので、これらの治療も専門的に対応させて頂いております。
田淵 近視眼底変化による中途失明は、非常に高い割合ですよね。
白神 ご指摘のとおり世界的にみても近視は中途失明原因の上位を占める疾患です。
日本を含む東アジアではこの強度近視の患者さんが圧倒的に多いという特徴があります。
現在、若年の近視の人が増加傾向にあり、今後、強度近視は更に増えることが予測されます。
若い患者さんにもトラブルが起きることがあり、眼科医として危機感を抱いております。
田淵 なるほど、ますます平均寿命が延びていますから、将来的な失明患者さんの数を少しでも減らすために、強度近視眼底外来の役割は大きいですね。 どのような検査を用いて診療を行っているのでしょうか。
白神 まず、ここ数年で著しい進歩を遂げている光干渉断層計(OCT)です。 この検査では、視力に重要な網膜や、網膜を栄養している脈絡膜の断面をみることができます。 ツカザキ病院では様々な種類のOCTがあり、必要に応じて使い分けることができます。 OCTでは、網膜分離症や近視性網脈絡膜新生血管などの病気を診断することが可能であり、また、病気の進行具合の評価も可能となっています。 ただ、OCTだけで診断が確定できないこともあり、その場合は眼底造影検査やOCTの技術を応用したOCTアンギオグラフィーなど、 他の検査も適宜行いながら多角的に病気を評価し診療にあたっています。
田淵 近視の合併疾患として緑内障があると思いますが、一体どんな症状が生じるんでしょうか?
白神 緑内障は少しずつ視野が欠けていく病気です。しかし、初期のころは多少視野が欠けても自分で気付くことができません。 ある程度進行した状態にならないと、自覚症状は出にくく、気付いた時には進行してしまった状態になっていることが多いです。 そのため自覚症状の無いまま、検診で異常を指摘され眼科を受診し、緑内障を指摘される方も大勢いらっしゃいます。 しかも、一度進行して欠けてしまった視野は元には戻りません。そのため緑内障は早期発見・早期治療開始が非常に重要な病気であるといえます。 そして、近視の方は緑内障を合併しやすいため、特に注意が必要です。
[強度近視を原因とする主な網膜中心部(黄斑部)眼底疾患]

それぞれ、お椀の底のように強く湾曲した網膜中心部(黄斑部)構造になっており、網膜そのものが前方(写真上方)へ引っ張られている。
その結果、網膜構造が分離したり(中心窩網膜分離)、部分的に剥離したり(中心窩網膜剥離)、中心部に穴ができて湾曲部全体の剥離(黄斑円孔網膜剥離)が生じたりしている。

田淵 強度近視眼では黄斑部を含んだ網膜脈絡膜萎縮によって極端な視力低下、最悪の場合は失明状態に至るわけですが、その事について少し詳しく説明して下さい。
白神 通常、脈絡膜は網膜を栄養にしています。近視が進行し眼球が引き伸ばされた状態になると徐々に脈絡膜が萎縮してしまいます。 脈絡膜が正常に機能しなくなると網膜も萎縮を生じ、その部分の網膜は光を感じなくなり、網膜脈絡膜萎縮という状態になります。 萎縮が最も重要な黄斑に及ぶと、ものを見るときに大切な中心部分が見にくくなり、視力が低下、あるいは失明してしまいます。

治療法

田淵 網膜脈絡膜萎縮の治療方法はあるのでしょうか?
白神 網膜脈絡膜萎縮にはその成因から新生血管の関係するものとしないものにわかれます。新生血管の関係しないものには残念ながら治療法はありません。しかし新生血管から萎縮が拡がるタイプでは早期の発見、治療により萎縮の範囲を小さくとどめることができるかもしれません。
[強度近視による活動性のある脈絡膜新生血管に対する抗VEGF剤硝子体注射治療]

mCNV: myopic Choroidal NeoVascularization, 脈絡膜新生血管
抗VEGF剤の硝子体注射によっていずれの症例も、新生血管の活動性を消失させて強度近視眼底病変の進行を停止させる事ができた。

田淵 早期診断が有効である可能性があるわけですね。実際には何歳ぐらいから受診すべきなのでしょうか。
白神 40歳台で眼球の形状が特殊に変形する時期を迎えるといわれていますので、この時期からはときどき眼科でチェックを受けるべきだと考えています。 特に強度近視の方は合併症のリスクが高いので注意が必要です。
しかし、40歳より若い方や、軽度の近視の方でも悪い変化が起こることもありますので異常を自覚すれば早急に眼科を受診していただくのがよいと思います。
田淵 近視の合併疾患のひとつである近視性脈絡膜新生血管に対して、抗VEGF薬注射が主流となっています。
しかし、費用や通院間隔などの様々な問題が生じています。実際の注射の頻度はどれくらいなんでしょうか。
白神 効果を期待できる薬ではあるのですが、非常に高価なのが問題です。3割負担の患者さんで1回に5.5万円程度かかります。 そして年に平均2回程度の治療が必要と言われています。 ただし、皆さんが2回程度ということではなく、1回で効果が長く続く時もあれば、何回か連続で注射しなければならないときもあり、その平均が年2回程度です。 最終的には注射を必要としなくなる方もいれば、長い間注射を打ち続けなくてはいけない方もいらっしゃいます。
田淵 強度近視眼底外来では、受診の回数は大体どれくらいに設定されていますか?
白神 疾患、状態により様々です。状態が落ち着かなければ1か月毎にこまめに経過観察させて頂くこともあります。
安定していれば3~4か月や半年に1度程度です。近視が強いけれども今のところ問題がないという方は1年に1度程度の検診目的で受診でもよいかもしれません。
田淵 強度近視に伴う網膜剥離、特に黄斑円孔網膜剥離は我々眼科医にとって難治症例の代表ですが、それについて解説して下さい。
白神 強度近視眼では眼球が前後に伸びて大きくなるのですが、網膜は伸びにくいので足りなくなって裂けてしまい(網膜分離)、それが進行すると網膜剥離(黄斑部剥離)が生じます。 この状態で中心部に孔(あな)が開いてしまうと剥離が拡がり(黄斑円孔網膜剥離)、非常に難治となってしまいます。 みなさんによく知られている通常の網膜剥離は失明し得る怖い病気ですが、早い時期に受診していただければ比較的治りやすい病気です。 しかし黄斑円孔網膜剥離はそうはいきません。 近視が強いために網膜が弱っていることと、網膜の長さが足りないことから治りにくく、何度も手術が必要であったり、手術をしても見え方がよくならない場合も多いです。 ですので、黄斑円孔網膜剥離まで進行してしまう前に(網膜分離や黄斑部剥離の段階で)、必要に応じて予防的な手術をすることが大切です。 手術によって視力が下がってしまうこともあるのですが、最も難治な状態になってしまうのを防ぎ、視力を維持できればと思っています。
田淵 なるほど、黄斑円孔網膜剥離に一旦なってしまうと治療が難しくなるので、その前段階の状態を捕まえて、 その段階で治療すれば、良好な成績と視力を維持できる可能性があるという事ですね。
白神 そのとおりです。ただ、黄斑円孔網膜剥離でも萎縮がなければ良好な視力を残せることもありますので、症例によりけりなところもあります。
[経過観察中に網膜分離が悪化し、硝子体手術によって解剖学的にも自覚症状的にも改善した網膜分離症の症例]

初診時は黄斑部の軽度変性だけだったが、半年間で明瞭に網膜中心部(黄斑部)において網膜の分離が進行した。自覚検査である視力値も1.0から0.8まで低下していたため、黄斑円孔網膜剥離に進展する前の段階での硝子体手術の選択となった。小切開硝子体手術(25G)(内境界膜剥離および空気注入)施行と入院下腹臥位安静により、解剖学的な黄斑部構造の正常化が得られ、自覚症状も視力1.0までの回復が得られ、治療に成功した。

田淵 現在最も興味を持って取り組んでおられる臨床上のテーマについて教えて下さい。
白神 現在近視とその合併症の発症メカニズムに関して興味を持って取り組んでいます。近視は最も身近な眼のトラブルといっても過言ではないくらい、ありふれた疾患です。 しかし、近視の程度やその経過は人によって千差万別です。強い近視の方でも何の合併症もなく過ごされる方もいます。 これから近視の発症メカニズムに関して研究が進むことで、進行予防や合併症の発症しやすさなどが分かれば、長い目で見て失明する人を減らせることにつながると考えています。
田淵 ツカザキ病院眼科の強度近視眼底外来の責任者として、未来像を教えて下さい。
白神 まず、来院してくださった強度近視の患者さんには自分の目の状態を正しく把握して頂けるようにしたいと考えています。 眼の状態を正しく評価し、適切な治療を適切なタイミングで行うことを心掛けて、患者さんとともに医療を行う姿勢を大切にしたいです。 また、強度近視眼底外来を担当する中で得られたデータを患者さんに還元できるよう研究にも従事していきたいと考えています。
田淵 ありがとうございました。
診察を希望される方へ

散瞳検査等(車の運転はできません)が必須です。可能であれば午前中の受診をお勧めします。診療の専門性が高いため、時間には余裕を持ってご来院ください。
セカンドオピニオンにも対応致します。

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