眼瞼下垂症とはどのような疾患ですか。
眼瞼下垂とは、上まぶたが十分に挙上できず、黒目(瞳)にかぶさって視野を妨げている状態を指します。この状態は単なる見た目の問題だけでなく、視野が制限されるなどの機能的な問題も引き起こす可能性があります。

偽眼瞼下垂との違い
よく似た疾患があります。まぶた自体の位置自体は正常なのに、皮膚のたるみによって視界が遮られる状態を「偽眼瞼下垂」「眼瞼皮膚弛緩症」と呼び、原因と治療法が異なります。
診断の重要性
眼瞼下垂か偽眼瞼下垂かを正確に判断するためには、専門知識を持つ医師による診察が必要です。適切な診断を受けることで、最適な治療法を選択することができます。
どのような症状がありますか。
眼瞼下垂の患者さんは、まぶたの機能不全を補うために無意識のうちに様々な代償行動を取るようになります。これらの代償行動が長期間続くことで、思わぬ健康問題を引き起こすことがあります。
よくある代償行動のメカニズム
眼瞼下垂の方は、視界を確保するために以下のような無意識の代償行動を取ります:
- 眉毛を挙上する:額の筋肉(前頭筋)を常に緊張させて眉を上げ、間接的にまぶたを持ち上げようとする
- 顎を上げる姿勢:下垂したまぶたの下から見るために顎を上げる姿勢を取る
- 目を見開く努力:目を大きく開こうと過度に力を入れる
二次的な症状の発生
これらの代償行動が長期間続くことで、次のような二次的な症状が現れることがあります:
- 眼精疲労
常に目を開けようと努力し続けることで:- 目の周囲の筋肉が過度に緊張する
- 瞬きの回数が減少し、ドライアイを引き起こす
- 視界が不鮮明になり、目に負担がかかる
- 慢性頭痛
額に常に力を入れることで:- 前頭部の筋肉が緊張性頭痛の原因となる
- 特に夕方から夜にかけて頭痛が悪化しやすい
- 眼精疲労と相まって、頭痛の頻度と強度が増す
- 肩凝り
不自然な姿勢の維持により:- 首や肩の筋肉に過度な負担がかかる
- 顎を上げる姿勢が頸椎に負担をかける
- 姿勢の変化が肩甲骨周辺の筋肉の緊張を引き起こす
- 見た目への影響と心理的側面
眼瞼下垂は外見に影響を与えます:- 眉が通常より高い位置にあり、違和感のある表情になる
- 常に眠そうな印象を与えることがある
- 眠そうなやる気のなさそうな疲れた表情に見られることが多い
要因はどのようなものがあるのでしょうか
眼瞼下垂の3つの分類
眼瞼下垂は大きく3つに分類されそれぞれに要因があります。
- 先天性眼瞼下垂:生まれつき見られるタイプ
- 後天性眼瞼下垂:年齢や外的要因により後から発症するタイプ
- 偽眼瞼下垂:実際には筋肉や腱に問題がないのに、下垂しているように見えるタイプ
解剖学的メカニズム
まぶたの動きには主に2つの筋肉が関わっています:
- 上眼瞼挙筋:まぶたを上げる主要な筋肉で、その腱膜が瞼板に付着
- ミュラー筋:上眼瞼挙筋を補助する平滑筋

眼瞼下垂は、これらの筋肉やその腱の機能障害によって起こります。退行性の場合は挙筋腱膜の脆弱化や断裂が、コンタクトレンズ使用者の場合はミュラー筋の変化が主な原因と考えられています。
先天性眼瞼下垂の特徴
出生直後から症状が現れ、片側性であることが多いです。上眼瞼挙筋の先天的な機能不全が主な原因とされています。代償行動として顎を上げる姿勢や眉を挙げる動作が特徴的です。基本的な治療は手術ですが、生後6ヶ月以降であれば時期を急ぐ必要はありません。しかし、重度の場合は視界を遮蔽してしまい視力発達に影響するため、早期の治療介入が望ましいとされています。
後天性眼瞼下垂の特徴
最も一般的なのは後天性のものである腱膜性眼瞼下垂で、以下のようないくつかの原因で発症します:
- 加齢性の変化:上眼瞼挙筋の腱が加齢により伸展する
- コンタクトレンズ使用:特にハードコンタクトの装着・取り外し時の刺激や慢性的な接触刺激
- 神経系の問題:
- 動眼神経麻痺(脳動脈瘤や糖尿病が原因)
- 交感神経麻痺(ホルネル症候群、肺癌などに伴う)
- 重症筋無力症(神経筋接合部の障害)
- 外傷
- 手術後:白内障や緑内障の手術後に潜在していた症状が顕在化
(外傷性眼瞼下垂とその術後1週間後)

偽眼瞼下垂の特徴
偽眼瞼下垂は、眼瞼皮膚弛緩症と言われ、まぶたを上げる筋肉や腱自体には問題がないにもかかわらず、余剰皮膚がかぶさることにより眼瞼下垂のように見える状態です。治療としては余分なたるんだ皮膚を切除する手術を行います。局所麻酔下で左右で1時間ほどの手術です。
上記疾患に対してそれぞれの原因に合わせた適切な治療を行うことで、見た目の改善だけでなく、視野の拡大や頭痛・肩こりなどの二次的症状の軽減も期待できます。治療法の選択には詳細な診察と評価が重要です。
眼瞼下垂治療としてはどのような治療が行われていますか。
最も一般的な腱膜性眼瞼下垂の治療について説明します。
挙筋前転法
切開した皮膚の部分は二重まぶたの線になるため、 傷は目立ちません。また、術中の定量やきれいなカーブの作成を容易に行うことができ、たるんだ皮膚の同時切除も可能です。局所麻酔下で左右で1時間ほどの手術です。
(加齢性眼瞼下垂とその術後1週間後)

手術をする上で知っておくべきことはありますか
眼瞼下垂手術の目的と知っておくべき注意点
眼瞼下垂手術は単に見た目を改善するだけでなく、主に視機能の向上を目的としています。手術を検討する際には、以下のような点を理解しておくことが重要です。
術後について
頭痛・肩こりへの影響
- 多くの患者さんでは頭痛や肩こりが改善します
- ただし、すべての患者さんで改善するわけではありません
眼の乾燥について
- 手術により眼が大きく開くようになると、涙の蒸発が早まり目の乾燥を感じることがあります。
- これらの症状は通常、手術後約半年程度で改善してきます
- ひどい場合は点眼による症状の緩和を行います
見た目に関する注意点
左右差や形状の変化
- 手術中には左右対称に見えていても、抜糸時に左右差が生じることがあります
- 三角目(外側が吊り上がったような形)になることもあります
- このような場合は、手術後修正手術を検討します
片側手術後の反対側への影響
- 片方だけの手術を行った後、それまで正常に見えていた反対側のまぶたが下がることがあります。ヘリング現象と言われます。
- そのため左右差のある両側性の眼瞼下垂では、両側同時に手術を行うことが推奨されます
眉の位置の変化
- 術後に眉が下がってくることがあります
- この場合、眉下での皮膚切除の追加手術が必要になることがあります
これらの点を事前に理解していただくことで、術後の経過や結果について現実的な期待を持つことができます。
眼瞼下垂手術は多くの患者さんの視機能と生活の質を改善しますが、術後の変化や調整が必要になる可能性があることを念頭に置くことが大切です。
整容面だけではなく機能面や生活の質にも関わる疾患ということですね。
そうですね。眼瞼下垂は単に見た目(整容面)の問題だけではなく、以下のような機能面や生活の質に大きく影響する疾患です:
- 視機能への影響
- 上まぶたが瞳にかぶさることで視野が制限される
- 特に上方視野の制限は、階段の昇り降りや高所の物を見るときに危険を伴うことも
- 代償行動による身体的負担
- 眉を上げたり顎を上げたりする不自然な姿勢を取ることによる頭痛
- 首や肩への負担増加による肩こり
- 常に前頭筋(おでこの筋肉)に力を入れることによる慢性的な疲労感
- 眼の健康への影響
- まぶたの機能不全による眼精疲労
- 瞬きの質や頻度の変化によるドライアイのリスク増加
- 心理社会的影響
- 「いつも眠そう」「疲れている」と誤解されることによる人間関係への影響
- 外見への自信低下によるメンタルヘルスへの影響
- 日常生活の質
- 読書、運転、コンピューター作業などの日常活動の困難さ
- 重度の場合は仕事や趣味の活動にも支障をきたす可能性
このように、眼瞼下垂は「見た目が気になる」という以上に、生活のあらゆる側面に影響を及ぼす可能性のある疾患です。そのため、適切な診断と治療が重要になります。軽度であれば経過観察でも良いケースもありますが、症状が進行したり生活に支障をきたしたりする場合は、手術などの治療を検討することが生活の質の改善につながります。いつでもご相談してください。
ありがとうございました。
参考文献
日本眼科学会
- 「眼瞼下垂症の発症機序と手術方法の選択」 著者:Sakamoto等(2019年)
- 「コンタクトレンズ長期使用と腱膜性眼瞼下垂の関連性:症例対照研究」 著者:Watanabe等(2022年)
- 「眼瞼下垂症が生活の質に与える影響:定量的評価と手術による改善効果」 著者:Tanaka等(2020年)