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眼瞼疾患について

はじめに

眼瞼下垂について

眼瞼下垂症は、上瞼が下がって、黒目に上瞼が被さり視野や視力が妨げられる疾患です。

症状は?

瞼が被さって見えにくい、瞼を持ち上げると視界が広がる、目を開けておくのが疲れるなどの症状があります。
また、おでこの筋肉(前頭筋)を使って努力して眼を開けるため、おでこの皺などが生じやすく、顎を上げて見るなど姿勢の変化や他部位の筋肉に負担をかけることに伴って、肩こり・頭痛の症状につながっている方もおられます。

原因は?

加齢によるもの・・・加齢によって、皮膚のたるみ(皮膚弛緩)が生じて瞼が被さって感じられる場合と、瞼を挙げる筋肉(挙筋腱膜群)が働きにくくなって瞼が被さってくる場合があります。
コンタクトレンズの長期装用によるもの・・・特にハードコンタクトレンズの固い角などによる瞼を挙げる筋肉への長期的刺激によることがわかってきました。
コンタクトの使用を中止しても改善しません。
筋肉の病気によるもの・・・自己免疫疾患などにより瞼が上がりにくくなることがあります。
生まれつき(先天性)によるもの・・・瞼を挙げる筋肉の発育不全によります。
神経の異常によるもの・・・脳神経からの指令伝達の麻痺などで生じることがあります。

治療・当科では

原因疾患の治療を行っても改善が得られない、あるいは手術により改善が得られる可能性が高い場合は、瞼を挙げる筋肉を強化する手術や治療などを行っています。
神経系や内科系の病気によるものであれば、その治療が優先されることがあります。
*当科では美容的治療は行っておりません。

眼瞼疾患について

田淵 眼瞼疾患というと、どのような疾患がありますか。
清水 眼瞼疾患には様々なものがあります。眼瞼下垂以外にも、眼瞼内反症、眼瞼外反症、睫毛乱生、炎症性のものとして霰粒腫や麦粒腫、他に眼瞼腫瘍なども含まれます。
田淵 眼瞼下垂は、瞼が下がる疾患ですが、どんな症状、どのような原因で生じますか。
清水 瞼が重たい・目が開きにくい・視野が狭い感じで瞼を上げると見やすくなる・疲れるなどの症状で受診されることが多く、経過として、多くは比較的ゆっくりと進行していきますが、重度になると視力障害・視野障害を来します。
頻度的には、退行性(加齢性)眼瞼下垂が最も多く、他には長期のハードコンタクトレンズ(HCL)等の使用による眼瞼下垂、筋力自体が弱いために生じる筋原性の眼瞼下垂、眼瞼挙筋の発達障害による先天性の眼瞼下垂、中枢性や外傷性の眼瞼下垂があります。
解剖学的には、退行性眼瞼下垂では、瞼を上げる挙筋(腱膜)の脆弱化や断裂・瞼板からの離開による機能障害、HCLによる眼瞼下垂ではmuller筋の質的変化による機能障害が原因と考えられており、治療は挙筋(腱膜)やmuller筋の修復が主な対象になります。
[ HCL(ハードコンタクトレンズ)による眼瞼下垂症例 その1 ]

手術によって眼瞼下垂が改善し、瞳孔(黒目)全域が確認できるようになった。
術後のアイライン(眼瞼縁の形状)も自然な形状である。

[ HCL(ハードコンタクトレンズ)による眼瞼下垂症例 その2 ]

手術前には全く確認できなかった瞳孔(黒目)全域が手術によって確認できるようになった。術後のアイライン(眼瞼縁の形状)や二重の形状も自然である。

田淵 まず脳疾患からきている眼瞼下垂は最初の診断で除外しなければなりませんよね。
突然瞼が下がったとか、夕方になったら決まって瞼が下がってくるという場合は、眼瞼治療専門家とは違う別のセクションの仕事になりますね。
清水 何年か前から徐々にといった長期的な経過での眼瞼下垂は、上記で述べたように退行性(加齢性)によるものや腱膜性の眼瞼下垂が多いですが、急激な下垂の発症で特に片眼性の場合は、原因が頭蓋内にある可能性があります。すなわち、脳血管障害としての脳梗塞や脳動脈瘤等による動眼神経麻痺の一症状、免疫系神経疾患として動眼神経障害を来すFisher症候群や、視力障害や他の脳神経障害を来す眼窩先端症候群、脳腫瘍等による中枢性疾患の鑑別が必要になります。
激しい頭痛や手足麻痺など通常他の症状があれば脳神経内科・外科を受診されることになりますが、急激な発症や短期間で進行する眼瞼下垂・複視・視力障害等で、上記を疑う場合は、早急に頭蓋内の精査を要するため、当科からも脳神経内科・外科等へ紹介させていただくことがあります。
田淵 生命に関わる様な、重大な疾患が見つかることもあるわけですね。
田淵 他には、どのような疾患の鑑別が必要と考えられますか。
清水 眼位異常や頭位異常を伴っている場合は、斜視性の眼瞼下垂も考えられるため、当科の斜視専門Dr.にも診察を依頼しています。
また、進行性、変動性の場合は、糖尿病による動眼神経麻痺や、重症筋無力症(眼筋型)等の鑑別も必要となるため、その他の精査が必要になります。 交感神経障害によるHorner症候群では、頸胸部の手術・外傷歴などの既往があることもあり、またフェニレフリンテストが陽性になります。
他に、目が開きにくいという症状を来すものとして、ドライアイが多く見受けられます。
瞬目には、周期性(自然瞬目)・反射性・随意性があり、それぞれ眼表面への涙液層の維持、外界からの刺激に対する角膜の保護・異物除去、精神的過剰などの変化などの役目があります。
清水 涙液減少や涙液層の破壊によるドライアイの一症状として、開瞼障害がある場合は必要に応じた点眼等治療を行っていますが、眼瞼下垂の術後には、ドライアイの悪化する症例もあり事前に説明しています。
他に、瞬目過多を来す眼瞼痙攣や片側顔面痙攣などにより瞬目に異常を来たし、開瞼障害を合併していることも少なくありません。その際は、ボトックス注射の適応の有無を確認します。
また、片側性顔面神経麻痺の初期症状として片側の眼瞼に浮腫が見られることもあります。非炎症性で顔面のほうれい線(鼻唇溝)や口角の高さ、おでこの皺・眉の高さの左右差も所見としては重要です。その他、炎症に伴って眼瞼が腫れる場合は、原因に応じた治療が必要です。通常、結膜炎や霰粒腫などは腫脹と共に発赤や眼脂を伴いますが、眼瞼ヘルペスの初期などは腫脹のみで皮疹が目立たないこともあり、注意を要します。
田淵 老人性の眼瞼下垂というのは、目が開きにくいレベルのものからいろいろ段階がありますよね。
清水 眼瞼下垂の評価として、眼瞼挙筋能やmarginal reflex distance-1(MRD-1)を用います。
眼瞼挙筋能は、眉毛を動かさずに眼瞼を上げる力として、正常では12~15mmありますが、眼瞼下垂では挙筋能の低下が見られます。
他に、上瞼の高さを角膜反射と上眼瞼縁までの距離MRD-1を用います。通常MRD-1は3.5~5.5mmですが、眼瞼下垂ではMRD-1が3.5mm以下になった状態を示します。
MRD-1が3.5mmから瞳孔上縁までを軽度、瞳孔上縁からMRD-1が-0.5mmまでを中等度、MRD-1:-0.5mm以下を重度と分類します。普段、額の筋肉(前頭筋)を使って開瞼を補っていることが多く、それにより眉毛の挙上が見られたり、額の皺が目立つこともあります。
時として、眼の疲労感や額の疲れ、頭重感や頭痛の症状、中~重度になると顎を上げて物をみる等で、姿勢の変化や、肩こりなどの他の症状に関連することもあります。
[ 老人性の眼瞼下垂の症例 ]

手術によってしっかりと眼瞼が開大できるように改善した。

[ MRD-1,Marginal Reflex Distance -1 ]

直前の老人性眼瞼下垂の症例写真を例に、MRD-1を図示する。手術前は、上眼瞼下縁は角膜中心線よりも下部に位置するため、MRD-1はマイナス1㎜であった。手術によって、上眼瞼下縁は角膜中心線を上回りプラス4㎜になった。

田淵 皮膚弛緩症と挙筋機能低下眼瞼下垂症は患者さんにはなかなか区別はつかないですよね。
加齢性(退行性)変化により、眼瞼挙筋能の低下を示し、私達専門家でも、だいたい皮膚弛緩と挙筋機能低下眼瞼下垂は併発しているというイメージですが、純粋な皮膚弛緩だけという患者さんは逆に少ないのではないでしょうか。
清水 眼瞼皮膚弛緩では、眼瞼下垂と同様の症状を来たすことがありますが、診察すると挙筋能が十分で、弛緩した皮膚の解除によりMRD-1が正常であることが確認できます。
また、加齢性の眼瞼下垂では、通常、皮膚弛緩も伴っています。
皮膚疾患の程度によって、同時または後日、皮膚弛緩の手術が必要になる場合もあります。
下垂手術により、開瞼しやすくなり、おでこの力が楽になり、眉毛挙上が改善してくる方もあります。
一方、皮膚弛緩の程度により別の訴えや症状が生じてくる可能性があります。

治療について

田淵 皮膚弛緩でも術式が違いますね。説明して頂けますか。
清水 皮膚弛緩のみですと、余剰の皮膚と余剰眼輪筋の切除を行います。瞼縁から手術する方法と、眉毛下から手術する方法があります。
瞼縁側より手術すると、いわゆる重瞼(二重)のラインからの方法になり、傷跡は目立ちにくいメリットの反面、特に元来一重だった方は傷跡として二重のラインが残ることになり、目元の印象が変わりますし、瞼縁側の薄い皮膚を切除し、比較的厚い眉側の皮膚が下りてくるため、厚みによる腫れぼったさが残ることがあります。
清水 一方、眉毛下皮膚切除では、眉毛下の比較的厚い皮膚を切除するため、瞼縁の薄い皮膚はそのまま残せて元の瞼縁の形状に影響しにくいため、元の印象に近い自然な印象で視界の改善が得られるメリットがあります。
しかし、皮膚弛緩の程度により、一部、エステティックユニットに沿っていない部分や、特に眉が薄い人では、創痕が瞼縁の手術より目立つ可能性があります。また、鼻側の余剰皮膚が多い場合は十分に切除しにくいことがあります。皮膚弛緩切除は、デザインによっても余剰によっても、重瞼ラインや眼瞼形状や印象が変わりますので、ある意味で繊細な手術とも言えます。
以上を踏まえ、皮膚の厚みや形状、余剰の程度により、より良い方法を説明させていただき手術方法を選択しています。
田淵 となるとやはり、きちんとした専門の眼科医による診断が必要だという事になりますね。
清水 眼瞼挙筋能の低下とMRD-1中等度以下で判断し、特に眉毛を動かさずに瞳孔領に上眼瞼がかかるかどうか、用手的な眼瞼挙上による視野や自覚症状の改善を目安に手術の適応を決定しています。
手術方法としては、挙筋能の低下の程度や眼瞼下垂の原因により、挙筋前転法や吊り上げ手術を選択しています。
当科では、挙筋能が4mm以下の先天性眼瞼下垂や筋原性眼瞼下垂は、術前にしっかりと説明の上、吊り上げ術を選択しています。挙筋能の低下が目立つ退行性や腱膜性の眼瞼下垂では、挙筋前転法を第一選択肢にしますが、挙上が十分得られない可能性も念頭に説明させていただいています。
田淵 放置して失明する疾患ではありませんから、患者さんと主治医との相談が非常に重要ですね。
双方がよく納得して手術に臨む必要があると思いますが。
清水 そうですね。
患者さんの訴えには傾聴し、問診には比較的時間をかけています。
なぜなら、主訴が眼瞼疾患によるものと、それ以外の原因で生じている可能性の除外が必要であり、また、眼瞼下垂の手術で瞼が上がっても、改善し得ない点や症状もあるからです。
そのため、写真を見てもらいながら可能な限り説明し、手術によるメリット・デメリット、変化する可能性を理解していただくようにムンテラを行っています。
即ち、眼瞼は、顔の表情の印象を変えてしまう部位になります。
術後の傷痕・皮下出血、左右差、重瞼の形など、術後様々な変化が生じ、元来の眼瞼の形状や腫れぼったさ、むくみの程度、重瞼のラインや余剰皮膚の程度も影響することを念頭に、十分なムンテラが必要になります。
清水 眼瞼の形状や厚みは個体差があり、また眼瞼や顔面の左右の筋肉のバランスは左右差があり、皺の入り方も左右で違いますので、同じ手術をしても100%同一の結果が得られることは難しいと考えています。
また特に、眼瞼痙攣を伴うような開瞼障害を伴う患者さんや、閉瞼力の弱い患者さんでは、術前診察の中で可能な限り問診し、開瞼力と閉瞼力の変動の有無とバランスを複数回確認しています。その中で術前定量を行い、目標を設定しても、術中の開閉瞼程度によっては開瞼量が変動し、術後閉瞼障害を来たすこともあり、その場合は術後1週間程度で再調整が必要になる可能性も説明しています。
ご本人が十分納得・ご理解頂いた上で手術を予定しています。
田淵 術後経過も違うのでしょうか。
清水 手術後は腫れ、皮下出血を来しやすく、創部の圧迫やアイシング、比較的安静をお勧めしております。数日は腫れにより霧視や流涙を来しやすくなります。
通常は、翌日よりシャワー可能で、約1週間で抜糸、1か月ほどで赤みや腫れは徐々に引いてきますがまだ認められ、瘢痕期にて突っ張った感じがあります。3か月程度で腫れや赤みは目立ちにくく、違和感は減ってきますが、個人差があり、半年ほどかけてゆっくりと経過します。
また、抗凝固薬など内服中の方では、術中術後、出血しやすく、皮下血腫を生じると腫れが長引くこともあり、程度によっては血腫除去が必要になることが極稀にあります。
皮膚弛緩のみの手術より、挙筋腱膜を扱う眼瞼下垂手術の方が腫れは生じます。
眼瞼の形状、特に元々腫れぼったい方は、薄い瞼の方に比べて、術後の腫れや赤みも目立ち、消退にも時間がかかることが多い傾向です。
田淵 しかし、眼瞼手術後の皮膚の形状というのは大変難しいですね。
医学的な形が良くても本人さんが見た目の上で納得されるかどうかについては不明であるというところも、この領域の臨床上の難しさと言いますか。
清水 はい、まさにその通りです。
皮膚弛緩の手術はデザインが大変重要と考えます。
眼瞼の形状、重瞼線の有無と位置、弛緩の程度、皮膚の厚み・ボリューム、また下垂手術により得られる開瞼の程度によってデザインは変わります。
瞳孔領にかからなくなったので結果は十分とする考えもありますが、切開線の位置や皮膚余剰の残存の程度によっては、贅皮が睫毛に乗りあがることで睫毛下垂を生じたり、目尻側への流涙等の症状は改善されにくいこともあります。
わずかの余剰皮膚や眼輪筋のボリュームの差で、重瞼ラインや幅の変化や睫毛方向の変化による目元の印象の変化、また余剰皮膚の程度などによっては予定外のラインが生じる可能性もあるため、術前の説明が非常に重要と考えます。
田淵 眼科医としての仕事はあくまでも視機能の改善にあるので、合併症なく手術を施行できる事で60点はとれるわけですが、患者さんの自覚症状に大きく関わる術後の眼瞼形状にこだわる美的センスというかデザインセンスはもちろん軽視できませんね。女性である清水好恵先生の面目躍如という感じでしょうか。
清水 眼形成で私がご指導いただいている先生方は、眼形成分野で大変ご活躍されています。眼形成の世界のトップでご活躍の先生方は男女問わず、その専門分野を追及されている方で、種々の分野で、それは同様のことがいえると思います。
これはあくまで私的な見解ですが、芸術家的センスや能力は、その対象に対する『こだわり』で磨かれていくものと考えています。妥協しないスタイルは恩師の先生方から学ばせていただいた中でも非常に重要なことの一つと考えています。
最も、自ら最善を尽くしながら、学ぶことも多く、悩む症例ではご指導いただいた先生に相談し、ベストな方法を選択する方法をとっています。
田淵 私自身もこれまでたくさんの眼瞼治療をさせて頂いていてよく分かっているのですが、術式に関しては先生によって細かな違いが本当に多くありますね。
清水好恵先生には、全国の主だった眼瞼治療の専門家のところへいろいろと通って頂いていますが、そのあたりについて、清水好恵先生自身がどのように解釈されてご自分の手術に活かしておられるんでしょうか。
清水 眼瞼下垂や内反症は、手技やアプローチの仕方は様々ですが、基本的な部分は同じと考えます。
眼形成の専門の先生方から学んできた中で、術前診断は非常に大切と考えます。術中定量と目標を設定し、初発例でも手術歴がある再発例でも、安定した結果を出すことができる方法を選択しています。
具体的には、挙筋前転法として、挙筋腱膜を前転していますが、重度の眼瞼下垂で挙筋能が弱い場合はmuller筋も併せて前転しています。
また、合わせて、反対眼の眼瞼の形状やラインを参考に、睫毛方向や、眼瞼のvolumeを参考に症例ごとに確認し、調整しています。微調整、さじ加減、これは優れた術者である恩師から学んだ重要な要素でもあり、眼瞼手術の奥深さ、難しい点とも考えています。
田淵 美容目的なのか、眼科的治療対象なのかについて、清水好恵先生はどの検査値を用いて判断されますか。
清水 上記で述べたMRD-1での、上眼瞼が瞳孔領にかかるか否かで判断しています。
正面視にて、眉毛部圧迫で瞳孔領に上眼瞼がかかる距離を確認し、実際、眼瞼挙上にて患者さんのご自覚が改善するかどうかも併せて確認しています。
保険診療範囲外の方にはその旨を説明し、美容外科を紹介させていただいております。
田淵 眼瞼下垂の診療にも相当に専門的な判断が必要だという事がよく理解できます。
田淵 眼瞼下垂と並んで重要な疾患に眼瞼内反症がありますね。この疾患について教えて頂けますか。
清水 退行性(加齢性)眼瞼内反症は、様々な原因で眼瞼自体が下眼瞼上縁を軸として眼球方向に回転する病態で、睫毛や皮膚が眼球に接触する病態を言います。
また、睫毛内反症は、眼瞼の位置は正常で、眼球方向に生えた睫毛が、眼瞼余剰皮膚により眼球側へ押されて接触している病態で、小児の内反症はこれに当たります。
症状としては、目の違和感・充血・目やに・流涙・羞明の症状を来し、時に角膜障害や視力低下を生じることもあります。
退行性下眼瞼内反症では、下眼瞼牽引筋筋膜lower eyelid retractors(LER)の弛緩による眼瞼の前葉と後葉のバランス、瞼板を支える内外嘴靭帯の緩みによる水平方向の弛緩が原因となり、下眼瞼が内反します。
また、成人の上眼瞼内反症は、元来の眼瞼の形状に加えて余剰皮膚など前葉の睫毛への乗り上がりによるものや、慢性的な炎症(かつてはトラコーマ)などによる睫毛乱生も合併していることがあります。
田淵 この疾患は比較的に自覚症状が出やすいので、自然に手術加療になることが多いですね。
清水 成人では、ほぼ上記の何らかの訴えで来院されるか、長期的に睫毛抜去で経過観察されていることが多いです。
一方、小児では、自覚症状の訴えが乏しく、よく目をこする、充血・目やにがでている、瞬きが多いとの家人からの訴えで来院されるか、軽症では検診などで偶発的に見つかることもあります。
田淵 特に、白内障手術などの内眼手術の前にはこの疾患は手術をしておいた方が安全だと思うんですが、いかがでしょうか。
清水 内反症を内眼手術より先に手術して改善させるメリットとしては、感染症予防の点からも、角膜不正乱視や混濁による眼内レンズ計算の誤差発生の可能性の点からも挙げられます。また、白内障と内反症の両者が相乗的に視機能障害を引き起こしている場合、内反症改善だけでも、自覚症状はかなり改善されることがあります。
[ 眼瞼内反症の治療経過 ]

術前のフルオレセイン染色写真において、両症例ともに角膜に睫毛(まつ毛)が接触している。その状態が手術によって改善されている事が術後写真からよく分かる。

田淵 この疾患に対する外科的手術の最大の問題点は、どうしても再発してしまう症例が一定の確率であるという事じゃないでしょうか。
清水 再発する理由としては、加齢性(退行性)という原因、すなわちLERが弛緩してくることで生じます。また、それに加えて、下眼瞼の水平方向の弛緩も重要な再発因子となります。
田淵 ツカザキ病院眼科では、再発眼瞼内反症に対して、 特別な手技を用いて治療を行うという事ですが、その術式について教えて下さい。
清水 退行性の下眼瞼内反症手術では、所見に合わせて、なるべく再発率を抑えるように術前診察で手術方法を選択しています。Tuckingのみでは瘢痕形成が弱く、再発率が高いため、通常初回手術はJones変法で行うことが多いですが、特に再発例では弛緩している部分の確認をし、Jones変法とlateral tarsal strip(LTS)法を併用しています。
Jones変法は、LERの前面と後面を剥離し、LERを瞼板下縁に固定すると共に、且つ眼輪筋の乗り上げを防ぐべく瞼縁側の皮下へも通糸しています。
Jones法は1960年からの方法に、愛知医大の柿崎先生らがlower eyelid retractor’s advancement(LER advancement)として2007年に発表された方法で、水平方向の弛緩が目立たない症例では再発率を抑えられます。
また、LTS法は、退行性の外反症でも適応となる手技ですが、水平方向の弛緩が目立ち、術前にPinch test, Snap back test, medial distriction test等から修正が必要であることを判断した上で、瞼板の外眥部を切断しlateral canthal bandの下脚を切断し、下瞼板外側を自由にして瞼板外側の上皮性成分を除去して眼窩縁後方の骨膜に固定し水平方向の弛緩を改善する方法です。
1979年からある術式ですが、術前診断で改善すべきターゲットの判断が大切です。
LER advancementとLTSの併用は、再発率が低いため、下眼瞼内反症の手術方法として良好な成績が得られています。
程度により、LER advancement とtucking、またはwheeler法の併用で改善が得られます。
また、機能性流涙に対しても改善が得られる報告もあり再び注目されています。
田淵

眼瞼治療分野もこの10年で随分と進歩しましたから、どんどん新しい考え方が出てきますね。

清水好恵先生にはツカザキ病院眼科の眼瞼領域を現在完全に主導して頂いているわけですが、ツカザキ病院眼科のこの領域での未来像を教えて下さい。

清水 上記で述べてきたように、個体差の影響が出やすい眼瞼手術ですが、その中でも長期的に安定した結果を出すことができる方法を選択し、洗練していきたいと考えています。 また、他領域でいくつか見受けられるガイドライン的な明確な指標が、眼瞼領域ではまだありません。人種差も大きい眼瞼領域ですが、長期的に見ていく中で、安定した結果が得られ、また、術前術後に得られた結果の中で、眼表面への影響、視機能への影響を検討し、眼瞼手術に伴って生じる負の因子を将来的に減らしうる、何らかの一定の値が出せるようになることを念頭に入れ、それぞれの症例と注意深く向き合い、日々努力し邁進していきたいと思います。
田淵 ありがとうございました。
診察を希望される方へ

丁寧なコンサルタントが特に必要な外科的領域であるため、診察時間、待ち時間共に長くなる事をご了承ください。
セカンドオピニオンにも対応致します。

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