
はじめに
「目がなんだか乾燥する」
「外の光がまぶしい」
「まぶたが腫れているような気がする」
「視線が合わないと言われることがある」
そんな小さな不調を“疲れのせい”と見過ごしていませんか?
実はこれらは、“甲状腺”と呼ばれる臓器の病気と深い関わりがある『甲状腺眼症』という病気のサインかもしれません。聞きなれない病名かもしれませんが、早めに気づいて眼科に相談することで、進行を防ぎ、安心した生活につなげることができます。
どんな病気?
甲状腺眼症は、主に「バセドウ病(甲状腺機能亢進症)」という甲状腺の病気に関連して起こります。
体の免疫が自分の体を攻撃してしまう「自己免疫疾患」の一つで、目の周囲の筋肉や組織に炎症が起こります。その結果、目が腫れたり、飛び出して見えたり、ものが二重に見えることがあります。このような症状はすべての症状がでてくるわけではなく、徐々に進行してくることもあるため、気が付きにくいケースもあります。発症の時期も様々で、眼症の症状が初期に現れて甲状腺機能亢進症と判明することや、治療中ひいては治療が落ち着いた後に発症することもあります。ほかの病気と違う点としては、1日の中でも症状が変動することがあることで、甲状腺眼症は特に朝に悪化することがあります。
日本人の甲状腺眼症の患者様の76%は女性です。しかし、男性の方が重症例が多いといわれています。
起こりやすい年齢は、男女ともに40代、60代と報告されています。
また、喫煙が発症リスクを挙げることが報告されています。
そもそも甲状腺とは?
甲状腺は首の前にある小さな臓器です。ここから分泌される甲状腺ホルモンは、体の調整をしています。
甲状腺ホルモンが多いと動悸がする、汗が出やすい、体重が減ってしまう、イライラするなどの症状がでて、逆に少ないと疲れやすい、体重が増える、寒がりになる、気分の落ち込みなどの症状が起こります。
甲状腺機能亢進症とは?
甲状腺ホルモンの産生が過剰になってしまう病気です。
症状としては、暑がり、発汗過多、体重減少、食欲亢進、動悸、体動時息切れ、ふるえ、不眠、不安、胸がドキドキする、息苦しい、下痢、イライラ、月経異常などが挙げられます。
経過
甲状腺眼症は大きく分けて「活動期」、「プラトー期」と「非活動期」があります(図1)。
- 活動期
病気が進行して炎症が強く出る(半年~2年ほど続く) - プラトー期
活動性が沈静化し、約1年以上かけてゆっくりと自然に改善する - 非活動期
炎症が落ち着いた時期。ただし完全に元に戻るわけではなく、目の腫れや動きの制限が残ることがあります。

- 図1:Wang Y, et al.: Ther Clin Risk Magnag. 2019; 15: 1305-1318.を参考に作図
症状
- 眼球突出(眼が飛び出してみえる)(写真1,2)
- 眼瞼障害(まぶたの異常)
まぶたが腫れる(写真3)、引きつって目が開きすぎる(写真4) - 角結膜障害(眼の乾きや痛み)
目が閉じにくくなり、乾いて目の表面が傷ついてしまう - 複視(ものが2重にみえる)
目を動かす筋肉が硬くなり、両目の視線があわなくなる(斜視、写真5) - 視神経障害(視力の低下)
重症例の場合、神経を圧迫して失明につながることがある

写真1

写真2

写真3

写真4

写真5
- 写真はAIにて作成
診断
- 眼の所見
まぶたの腫れや目の動き、目の表面の傷の有無を確認します。 - 血液検査
甲状腺に関連する抗体やホルモン値などを検査します - 画像検査(CT検査やMRI検査)
目の奥の炎症や腫れを確認します
治療
治療の第一歩は「甲状腺ホルモンを正常にすること」です。その上で目の症状に応じた治療を行います。重症度や活動期・非活動期により異なりますが、活動期の炎症がその後の症状に影響するため、活動期の治療が重要です。
活動期に行う治療
- ステロイド点滴
抗炎症作用のあるステロイドを短期で集中的に全身に投与する。 - 放射線治療
病変部に放射線の照射を行う。ステロイド点滴治療と組み合わせて行うことが多い。 - ステロイド局所投与
病変部の炎症を局所的に抑える。 - 生物学的製剤
異常な活動をしている免疫の働きをピンポイントで抑える。
非活動期に行う治療
- 眼瞼手術(まぶたの手術)
眼瞼腫脹や上眼瞼後退、下眼瞼開大などがある場合に改善させる治療です。 - 斜視手術(複視に対する手術)
複視がある場合や整容的に眼の位置が気になる場合に行う治療です。
活動期・非活動期に行う治療
- 眼窩減圧術
活動期に視神経の圧迫を解除する目的でおこなうことがあります。
また、非活動期に眼球突出がある場合に、改善をはかる目的で行うこともあります。 - プリズム眼鏡
複視に対して行います。片目ずつの視線のずれを補正する、特殊な眼鏡を装用することで複視の改善を図ります。 - 点眼・軟膏
目の表面の乾燥を防ぎます。 - ボツリヌス毒素注射
眼を動かす筋肉を一時的に緩めて症状を改善させます。
最後に
甲状腺眼症は、見え方だけでなく見た目にも影響を及ぼしてしまう厄介な病気です。乾燥感やまぶしさ、ものが2つにみえるなどの見え方の不調で生活や仕事の不自由だけでなく、まぶたがはれるなどの外見の変化によって人前にでたくなくなるという精神面の変化も出現してきます。早期に見つかり治療開始が早まれば、その後の影響は少なく済みます。また、影響が出たとしても治療で改善につなげることができます。
バセドウ病(甲状腺機能亢進症)と診断された方は定期通院が望ましく、診断されていない方でも上記のような症状所見に思いあたる節があれば早めの受診が望ましいです。
「なんとなく目の不調が続くな…」と感じている方は、どうぞ眼科に相談いただければと思います。
参考文献
- 日本甲状腺学会・日本内分泌学会 厚生労働省「ホルモン受容機構異常に関する調査研究」班 臨床重要課題「バセドウ病悪性眼球突出症の診断基準と治療指針」作成委員会 , 甲状腺眼症 診療の手引き,メディカルレビュー社,2020.
- Wang Y, et al: Thyroid Eye Disease: How A Novel Therapy May Change The Treatment Paradigm. Ther Clin Risk Magnag. 2019; 15: 1305-1318.

