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2019.08.30

試験?を受けてきました!

 こんにちは。最近雨が多いですね。秋雨もしっとりと降ってくれるのであれば、目を瞑って雨音を聞いていると心が落ち着きますが、最近の雨の降り方は少し暴力的ですよね。ショパンの「雨だれ」位が良いですね。

 さて、先週週末に試験を受けてきておりました。社会には色々な資格があります。例えば、医師免許は今のところ更新はありません。だからって取ったら取ったきりではなく自己研鑽が求められています。
 そのような資格もあれば、更新を求められる資格もあります。例えば先週私が受けておりましたアメリカ心臓協会(AHA)のインストラクター資格です。AHAは2年で最低4回の指導経験と2年に1回のモニター(他者評価です)、筆記試験が資格更新に課せられています。

 ま、言ってしまえば、受講生も週末のお休みと受講料を払ってきて下さるのだから、プロとして指導をする為に自分の指導内容・方略・知識はある程度の水準を維持しなさい!ということですね。

別に「落とすためのテスト」ではないのですが、2日間のコースの指導を評価されるというのは緊張します。
 1週間前から少しいつもより勉強してコースに臨みました。そうですね・・・。どんな感じかといえば「教育実習」の様な感じです。先生の卵が教壇に立っていますが、教室のすみっこに偉そうな先生(レビューワーと言います) がにこやかに立っている、って感じです。

 実際に指導が始まりますと受講生の皆さんへの手技指導や議論で一生懸命になるので忘れてしまいます。評価する方もプレッシャーをかけないようにできるだけ隠れて下さっているのですが、ふと視界の中に評価者が入りますとちょっとだけ「どう思っているのかな?」とドキッとするわけです。
 
 更新も4回目 (丸8年が過ぎました) になると指導内容に関して指導を受けているようであれば問題です。評価者は私がインストラクターになるときに指導をして下さった方でした。コースが終わって受講生が帰られてから、お話をしました。
 近況・最近の指導における問題点や重要な事・・・。おかしいでしょ?実はACLSコースに直接的に関係する内容は数点の確認事項のみで、殆どが指導における一般論でした。

 その時に「誉めて育てる」に関しても話が出ました。最近社会でも指導をすることが難しくなったとのお話を聞かれることがあるかと思います。

 「誉めて育てる」確かに大切な事です。やる気も出ますしね。しかしこれが「叱ってはいけない」ではないと思います。仕事で駄目なものは駄目です。もしそれをきっちり上司が把握して指摘してあげないといけません。
 「叱ってはダメ!」という風潮もあるようです。人間は誰だって少なからず異なった意見を言われたり、叱られたり、negative な評価をされるのはイヤです。でも、「叱ってはダメ!」という金科玉条を盾に間違ったことをしても修正しないのは、反対に指導される方にとっては不幸以外の何者でもありません。

 本当は「誉めて育てる」ではなく、「間違ったことは見逃さず指導し(叱り)、よくできたことは誉めて育てる」が原文ではないかと思います。途中で印象的な部分だけになってしまったのではないでしょうか。

 でもこの「間違ったことは見逃さず」は結構難しい。これをしようと思うと指導者が「一挙手一投足」見て評価し続けることが必要不可欠です。
 例えば、蘇生行為やカテーテルのみならず医療行為って一つ一つの手順の連続です。ですから、「ん?これは合っているのかな?」って考えていたら次の手順を評価できないんですね。
 それは普通の手技は身体に身に染みついていないと瞬時に評価できない。だから上手に叱ることができる指導者は「コワい」ではなく、「とても能力が高い」方なんですよ。

 指導する側は単なる「ディスる、ダメだし」ではなく、「どこが問題なのか」を上手く伝えないといけないですよね。せっかく良いことを言っていても言い方が悪かったら炎上するのが最近の風潮ですしね(笑)。
 勿論「叱る」と「怒る」、「指摘する」と「ダメだし」は似て非なる物です。そこを区別できなくなると受講生からの人気が無くなります。

 ただ、指導を受ける側も指摘を謙虚に受容して欲しいですよね。皆さん、叱られることに慣れていらっしゃらないのかもしれないですが、すぐに不愉快な表情・態度が表面に出てしまう方も見られます。実はこれはとても損をしてますよね。だって、指導する側はやる気無くなります。「楠山、叱られているうちが華だよ」これは先輩の言葉です。

 私なんかはカテーテル中、先輩に叱られたこと・コワかったことしか覚えていないですもん。それが今は危険を察知する動物的嗅覚に繋がっていると思っています。

 「叱られる」と「指導して貰った」は受ける側の感じ方に左右されるところが大きいですよね。
 結局、教育もコミュニケーションですから指導側も指導される側もダンスのように上手く立ち回らないといけないのです。昔は指導される側が歩み寄っていましたが、最近はお互い歩み寄ることになっているようです。

 でも僕はあのコワかった先輩方は、何をも見逃さない眼光(何故か失敗する時だけ後ろにいる!)・凝縮された厳しい含蓄ある言葉・放置か放任か分からない権限委譲?・・・。厳しい指導であったのは間違いないですが、どこかで見てくれている(多分・・・)という安心感と厳しいながらも愛情は感じていました。

 そういう意味では「怒られていた」のではなく、「叱られていた」のでしょうね。だから今のところ循環器内科医として仕事を続けることができているのだと思います。
 そう思うと今の若い方々は、叱られないのは不幸なことかもしれませんね。叱られるときに叱られておいた方が良いですよ。キャリアを積んでしまうと叱られなくなりますから。

 話題がとりとめなくなってしまいましたが、「指導」という物を考えさせられた週末の講習会でした。他人から評価されることは「自省」する良い機会でした。また2年、頑張りたいと思います。

 秋の雰囲気を時々感じます。ある方とお食事をしてきました。ご飯にも季節を感じます。早く過ごしやすい季節になって欲しいですね。

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